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妻の前歯を抜いた話

メキメキメキッ
コロン
「……これでもう苦しまなくて済む、でも自分はこの歯を救ってあげられなかった……」

抜歯した妻の前歯を眺めながら、これまでを振り返り複雑な想いに包まれた。

あれは自分が歯学部の学生の頃だった。
彼女と遊びに行った時、突然彼女は脈打つ痛みに襲われた。
慌てて痛み止めを買って飲んだものの結局、一晩中痛みが続き眠れなかったらしい。
翌日、歯医者に行ってレントゲン写真を撮られると「至急、大学病院へ行ってください」と紹介所を渡された。
どうも神経をとっている前歯2本の間に大きな膿の袋ができているらしい。
彼女曰くここ数年、時々歯茎が腫れて膿が出ていたが、腫れを潰すと膿が出て楽になるので歯槽膿漏だと思いこみ軟膏を塗っていた。
しかしこんな激痛は初めてだったみたいだ。

診断名は「歯根嚢胞」
虫歯が大きくて歯の中の神経をとって根の治療をした結果が思わしくないと出来る病気だ。

 

しかし紹介されたのはなぜか口腔外科神経の治療をする保存科ではなかった。
当然、治療は外科処置になる上顎の犬歯から犬歯までの歯茎を切ってめくり歯根の間にできた膿の袋、嚢胞を掻き出す。
病院から帰ったら、鼻と頬骨が同じ高さでパンパンになり、まるでライオンのように顔が腫れた。
その後、一旦は良くなった。
しかし半年も経つと、また前歯の裏がプクっと腫れて痛みが出た。

嚢胞の再発だ。

結局、都合4回は大学病院で手術をしただろうか。
4度目以降、ようやく腫れなくなった。
この一連の流れを間近で見て「虫歯で神経を取らない方がいいし、神経の治療をきちんとしないと患者さんは大変な目に遭うのだ。」という強烈な呪いにかかった。
同時に自分が歯医者になったら根管治療(神経の治療)は頑張るぞと決意した。
これが、自分の歯科医師としての倫理観の原点だ。

その後、彼女と結婚し一緒に上京した。

初めは千葉県の歯科医院に就職した。
根管治療の研修会に医院負担で参加させてもらい根管治療に夢中になりのめり込んだ。
自分なりに良い治療をできるようになってきたが、治療の回数の短縮が課題となった。
どうしても丁寧な治療をしようと思えば、根管治療は回数がかかってしまいやすいのだ。
よく患者さんからも「神経の治療はあと何回かかりますか?」と聞かれることが多かった。
治療のクオリティを上げてスピードアップが課題だった。
根管治療は「ファイル」と呼ばれるステンレススチール製のネジが切ってある針のような器具を指で摘み歯根の中をヤスリがけするように綺麗にする。

前歯ならともかく、奥歯の治療ともなると歯根の数は増えるわ、器具が届きにくく指が攣りそうになるしで大変だった。
なんとかこれを楽に治療できないものか?
調べていくと、形状記憶合金であるニッケルチタンという新素材のファイルを電動モーターにつけて根管治療をし、ゴムのペレットを加熱し根管に詰めていくバーティカル根管充填という方法があることを知った。

しかしニッケルチタンファイルは高価であり保険治療において不採算部門である根管治療に、さらに経費をかけることは、経営的に良しとされない風潮があった。
それでも質の高い根管治療を短時間・短期間で行いたいという熱い想いを院長に何度も訴えた。
マニュアルを作って、医院の歯科医師につかいこなせるように自ら教える事。すぐに運用できるように、機材の選定から器具の滅菌消毒の方法までを確立する事を条件に、高額な研修費を医院で負担してもらった。
自分の中で根管治療に対して充実感で満たされ仕事に邁進していった。

そんなある日、妻の前歯がまた腫れた。

以前手術した歯ではなくその隣の歯だった。

レントゲン写真を撮ってみると神経のない歯の歯根の真ん中が溶けて無くなっていた。

しかもそこは骨に置き換わっていた。

口腔外科出身の先輩歯科医師に相談したところ、抜くしかないと言われた。
目の前が真っ暗になった。
しかし抜かないと腫れは引かないことくらい、もうその時の自分にもわかっていた。
自らの手で妻の前歯を抜いたが、歯根は残っている。
そこへアプローチするには溶けた歯が骨で満たされている部分を削らないと残った歯根へ辿り着けない。
しかし骨を削って残根を摘出する技術は新米の自分にはなかったので、先輩歯科医師に続きをお願いした。
色々な意味で自分に対して情けなかった。
笑った時に前歯がない妻をみるのは辛かった。
そこで抜いた歯を接着剤でとりあえずつけておいた。

それから時は過ぎ、自分は開業した。

矯正治療もできるようになっていたので妻に歯列矯正をした。
そろそろ治療も終わる頃、矯正装置をいつ外そうかと思案している頃またしても妻の前歯が腫れてきた。

あの歯が原因だった。

一旦、自ら根管治療をしたが、その歯は限界を超えていた。
もはや抜くしかない。
結局インプラントではなくブリッジで治すことにした。

この歯によって妻は長年苦しんできた。

この歯によって自分の歯科医師としての倫理観が植え付けられた。

この歯によって。

それから数年を経て自分の考えは「良い根管治療をしたい」から「神経を取らない治療をしたい」へと変わっていった。
MTAセメントによるVPT(歯髄保存療法)の登場によって。
妻のように苦しむ人を少しでも減らしたい。
これが自分はなぜ、根管治療とVPT(歯髄保存療法)に傾倒していったかという理由だ。
風邪を引いたら内科へ行って薬をもらう。
そんな感じでカジュアルに虫歯の治療を受けると、とんでもないことになるかもしれない。

一本の歯は、一生の間に4〜5回しか治療に耐えられないという。
あとは抜歯しかないのだ。
人生100時代。神経をとってクラウンで被せる治療はできるだけ先送りさせたい。
となると最初の小さな虫歯こそ全力で治療し神経を取らないように全力で保存する。
もちろん虫歯を作らない予防が大前提ではあるが、できてしまった小さな虫歯に対してはこのようにすると自分は考えている。

妻の前歯を自ら抜かなければならなかった、切なさは決して忘れはしない。

執筆者情報

写真:瀧本 将嗣

院長/歯科医師

Masatsugu Takimoto

【経歴】
1997年 広島大学歯学部卒業
2004年 シエル歯科クリニック開設
2007年 医療法人社団瀧の会設立

【所属学会】

  • 厚生労働省認定臨床研修指導歯科医
  • 日本臨床歯周病学会 認定医
  • 日本歯周病学会
  • アメリカ歯周病学会(AAP)
  • 日本先進歯科医療研修機関(JIADS)

歯周病系の学会やスタディグループに所属し歯周病治療やインプラントの研鑽を積むが歯髄保存やダイレクトボンディングも得意とする。
長持ちする治療をモットーに、できるだけ患者ニーズに応えられるようにしている。